別に不満はありませんでした。Windowsは非常に優秀だし、88.32%のシェアを誇る不動の人気OSなんです。「Macを使っている人の雰囲気はイキリ感が否めない」そう思っていました。
しかし、新型MacBook Airを手に入れた瞬間、今までの自分の思いは、ただの嫉妬でしかなかったことに気がついたのです。
なんとも言い難い高揚感に包まれました。パソコンはただのツールだと思っていました。
ところが、Macを手にした時、パソコンはパートナーなのだと気付かされたのです。
Contents
All in Appleで革命が起こった
私は、GAFAのようなビックテックに対して反感を抱いている人たち(保守派の人たち)共感することがしばしばあります。しかし、Apple製品に関しては、自己矛盾の中で苦しまなければなりません。
数少ない企業が、テクノロジー業界を独占していることによって、私たちの言論の自由はそれらの企業の一存で左右されてしまう、そしてそれは危険なことだ、という意見はもっともだと思われます。ですが、彼らのサービスを一度使ってしまうとそこから離れることはできないのです。
スマホ、タブレット、パソコンを全てAppleにしてしばらく経った時、抜け出すことのできない沼にハマってしまったのでした。
- iPadがさらなる高みに
- 全てが同期される喜び
- 洗練されたOS
私が沼にハマってしまったのは、上記のような理由でしょうか。しかしこれは、まだ足先が浸かっているだけで、時間と共に全身が沼にはまってしまう気がしてなりません。
iPadがディスプレイになった
私のiPadは、ただの板から優秀なディスプレイに昇格しました。
iPad Pro 12.9inchのデカイものを使っていたのですが、Side Car という機能によりモニターとして使えるのです。画面が小さいのはノートパソコンの宿命ですが、iPadと連携することで画面領域が2倍に増えます。
もともとiPadを持っていた人からすると、革命的な便利さになります。
M1MacBookの性能は改めて書く必要がないほど、話題になっているのであえて触れませんが、高画質でなんの違和感もなく、Mac本体であるかのようにiPadをディスプレイとして使うことができます。
同期が快適すぎる
全ての製品をAppleにするということは、異なるデバイスでも、あたかも一体であるかのように使うことができるということです。
そう、まるでオシドリ夫婦のように、二人なのに一人のようであり、阿吽の呼吸で、ツーカーの仲なのです。
今までWindowsを使っていた時は、共有したいものをiCloud経由か、USBメモリを経由して、共有していました。iCloudの場合、アップロードした瞬間共有されるわけではなく、しばらく待たなければなりませんでした。USBメモリの場合は言わずもがな、本当に面倒くさいです。
しかし、Apple同士だと、ファイル共有がAir Dropで一瞬で完了します。そう、本当に一瞬…
MacOSのユーザビリティがこの上もない
Macユーザーの方は、当たり前のことすぎて呆れるかもしれません。しかしこの感動を共有しないわけにはいかないのです。
Windowsの場合、トラックパッドは小さく、基本的にマウスを使う人が多いと思います。
私の場合ほとんど使わないので、付いている意味がわかりませんでした。なぜ使わないのでしょうか?答えは「使いづらいから」でした。
ところが、Mac OSにとって、トラックパッドはマウス以上の存在だということを知りました。私はこのトラックパッドに「小さな宇宙」と名前をつけました。小さいながら(それでもWindowsより大きい)無限の効率化を実現してくれるからです。1,2,3,4本指それぞれに、ユニークなジェスチャが割り当てられていて、全てを直感的に操作することができます。
なんのリサーチもせずに、全てのジェスチャを習得しました。それができるぐらい直感的な操作が可能だということです。
また、OSの設計そのものが、ユーザビリティを隅々まで考慮しているものであることは、数日使うだけでわかってしまいます。
Macbook × iPhone × iPadで興奮する訳
ほとんどの方は、この記事を冷淡な眼差しでみていることでしょう。
- 「出たよ。Mac買った途端興奮するやつ」
- 「自慢したいだけじゃん」
- 「調子に乗っているようにしか見えん」
そんな声が聞こえてきそうです。しかし、私がこんなゴミみたいな記事でも嬉々として描いてしまうほど、感動したのです。
使いやすさを徹底的に追求したAppleの、三種の神器がついに揃ったのです。このぐらいいいではありませんか。